バッハが聴きたい スピーカーを作る


 昔からバッハはなんとなく好きだった。大真面目に聞きはじめたのは、アルヒーフのバッハ大全集に出会って以来だと思う。この全集は昭和50年(1975年)に発売されたLPレコードで100枚という当時では貴重な全集であった。余談だが、その後LPは大処分したのだが、この全集だけは手放せず、未だに時おり楽しんでいる。

熟年の功か罪かわからぬが、ますますバッハが好きになる。飽きもせずに禅の勉強も続けているが、私にとって禅とバッハはとても近い関係になってくる。ただ、どこがそうななのか、何故そうなのかを語るには至っていない。それは「心の静けさ」かもしれない。リュート、バイオリン、ビオラ・ダ・ガンバ、チェロ、チェンバロそして、壮大なるカンタータ、天の響きが心にしみわたる、そしてえも言われぬ静けさの中にとけこんでいく。

 

 私と音楽には、聴く音楽と聞こえてくる音楽がある。コンサートホールに出かけて楽しむのは聴く音楽、又愛用のオーディオ装置で静かに音楽を流しておこうと思っても、いつのまにか聴いている自分に気づくこともある。一方、聞こえてくる音楽の代表格は琴の音だ、琴は目の前で演奏するのを聴くものではない、ましてコンサートホールなどで聴くものでも無い、どこからか聞こえてくる琴の音は美しく、まるで天の響きのように聞こえるものだ。再び余談だが、箏曲の作曲で著名な山田検校(やまだけんぎょう)はバッハとほぼ同時代に活躍している。

 

 私のバッハは、天から聞こえてこなくてはならない。だからまるで目も前で演奏していうかのような上等な装置は似合わない。なぜなら、上等な装置の素晴らしい音には、やっぱり引きずり込まれてしまうのだ。

数年前の木楽展に「バッハが聞きたい 1号機」というのを出展した。半世紀前のドイツ製の小さな楕円形のスピーカーを小さな後面解放の箱に入れた。それなりに気に入ったものの、やはり何か物足りない。1号機と名付けたのは、その時既にこの2号機のための、スピーカーユニットを手に入れていたからだ。

 2号機は大型の楕円スピーカーで、ドイツのジーメンスというメーカーの製品である。このてのスピーカーは、大昔の電蓄か大型ラジオから取り出したものが殆どで、体よく言えばビンテージだが要はゴミになり損なったスピーカーのようなものだ。

 

テストエンクロージャー制作

 ちょっと気取って見出しはエンクロージャーとしたが、要はスピーカーを入れる箱のことだ。オーディオに強い人は百も承知だが、スピーカーボックスは設計がとても難しいものとされている。私が何故50年以上も前のポンコツのスピーカー中でも、とりわけ楕円が好きだというのは音色もさることながら、どんな箱でも、とりあえず鳴るという扱いやすさにある。

 何故なら、当時はステレオはおろかオーディオ装置も無い時代で、いわゆる電蓄(電気蓄音機)の時代である。電蓄や大型ラジオといっても大小様々だが、共通しているのは、今のようにアンプだ、プレーヤーだスピーカーだと別々になっているのではなくて、全部入りの大きな箱であったことだ。たいがいスピーカーの後ろには真空管のアンプが鎮座していて、放熱のための穴だらけの裏板が付いていたというのが定番なのだ。これが、ただ箱を作って入れれば鳴るスピーカーという理由である。

 

 表現は悪いが、この捨てられなかったゴミのようなスピーカーが、今の時代にえも言われぬ美しい音で鳴るというのは当時からスピーカーの基本技術がしっかりしていたこともあろうが、最大の理由は音源の劇的な進化なのだ。SPレコードからLP、CDを経てデジタルへと音源のクオリティが当時からすれば桁外れに進歩している。話が長くなりそうなので、肝心の制作概要を紹介しよう。

 まず、設計は上述の理由から計算もなにもしない、というと聞こえが良いが、もともと私に設計など出来るわけも無い。ユニットの寸法から、こんなものかなという大きさの箱を作ってみただけだ。又、新品と違って、半世紀以上も経っているスピーカーは、まともに鳴ってくれるかどうかわからないギャンブルのようなものだ。だから最初から本格的なものを作ると、徒労に終わる可能性もあるので、面倒でも実験用の箱を作るのだ。

 材料はホームセンターの12ミリのMDF、二個の箱を作っても材料費は4千円弱。本格的なものからすればべこべこの箱のようなものだが、このスピーカーの可能性をテストするには十分だ。制作は一部を除いて、ボンド接着、無塗装。すべて簡易仕様である。

 

 出てきた音にただびっくり。この手の経験は何度かしているが、自分の作ったものは、ひいき目な点数を付けるものだ、そして完成した感動の時を過ぎると粗が見えてくる。ところが今回は素晴らしい例外になりそうだ、短時間だが、毎日聞き込んでいても、ただ素晴らしさは増すばかり。

もちろん万能ではない、欠点もある、ただマイバッハのためのスピーカーとしてこれ以上は望み薄なのではないかと思っている。さあ、この先どうするか。

 

スピーカーグリル

 

 スピーカーグリルを作った。「バッハが聞きたい2号機」にぞっこん惚れ込んでいる。音質テストのための仮箱を作ったのだが、その音のあまりの心地良さに感動している。ジャンク箱から取り出したような半世紀も前のスピーカーが、どうしてこれほどまでに美しい音を奏でるのだろう。技術と理屈は、なんなのだろうかと思う事しきり。

 このユニットが、そこそこに鳴ってくれれば本番の箱を作ろうと思っていたが、はたして大真面目にスピーカーボックスを作ったところで、これ以上の音がでるのだろうかが不安になって、しばらくこのままで使ってみようと思っている。ただ、なんのデザインも装飾も考えていない仮の箱なので、最小限汚れ止めの塗装とスピーカーグリルを作ることにした。

 久々の超簡単DIYで、12ミリのヒノキの角棒と三角の12ミリのベニアの切れっ端をボンドでくっつけて、ハイできあがり。黒の着色をしないと枠が丸見えになるので、これは必須。あとは布をタッカーで張ってできあがり。

 オーディオは泥沼という人も多いが、私の長いオーディオ歴のなかでも、こんな、宝くじにでも当たったような体験は初めてだ。

 

スピーカースタンドを作る

 当初はうまく鳴ってくれたら、ふさわしいボックスを制作しようと思っていたが、この世界、箱が変われば音が変わるのはなかば常識だ。ゆえにボックスはこのまま使うとして、置き場所の関係からスピーカースタンドを制作することにした。

当たり前のスピーカースタンドではつまらないので少しばかりデザインの工夫をした。ありあわせの素材だが、本体よりだいぶ上等のものができたので少々不釣り合いかもしれない。

一番心配だったのは音質が変わってしまうことであったが、スタンドに組み込むことで明らかに響きは変わったものの、決しておかしな方向に変わったわけではない。

世はデジタル時代、あらゆるディテールを描き出そうとするような今のスピーカーとは全く趣を異にする音質だが、工房でひとり漆と戯れる時間をまことに豊かにしてくれるありがたい道具である。